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- 空にはいろんなものが見える
- すっかり秋ですね。
今年は、天変地異がいろいろあり自然の偉大さに驚きます。
夏に頭上の真上に逆になった虹を見たときは驚きました。
(7月某日。空を見上げているは、私たちだけだった。皆忙しいそうに前を向いているばかりでした)
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近江あやつり人生(5)「そんな歳に」
2月には60歳。
人形劇の舞台準備をしていると園児さんから「おばあちゃん、何してるの」の声を時々いただくようになった。<おばあちゃん>と<おばちゃん>の境目はどこなのか?そんなこんなで、こんな歌を思い出した。<船頭さん>
「村の渡しの船頭さんは、今年六十のお爺さん。年を取ってもお船を漕ぐときは、元気いっぱい櫓がしなる それ、ぎっちら、ぎっちら、ぎっちらこ〜」
そもそもこの歌、戦時歌謡として作られたと聞いてびっくりした。
物々しい2番、3番の「お国や戦地などの」歌詞は戦後変えられて、子どもの頃に耳にしていたのどかな<船頭さん>の童謡となったそうだ。
60、されど六十。おじいちゃん、おばあちゃんとはいえ、まだまだ<元気いっぱい>なのだ!と思いたい。
もうひとつ思い出すのは親戚の本書きの<おっちゃん>のことだ。
どの本だったかの<あとがき>に、人はやり残しをして逝く。みたいなことを書いていた。本や絵や字を書きたいだけ、描きたいだけしていたであろうにまだまだ意欲が湧き出していたのだろうか、風変わりな<おっちゃん>だったから先を見ていたとは思えない。
幾つの頃にそんな気になっていたのか気になりだした。
この<やり残し>でもう一人思い出した。これまた親戚のおじさん。
父の性格とは正反対で、とにかく<きっちり>な性格。それこそ<やり残し>などもってのほかのようだ。おじさんの最後の最期は、生前に家族にその段取りまできっちりと指示をし、参列できなかった母の元に、結婚式のようなアルバム形式で式の様子が送られて来た。教会だったのが何となくしめっぽさが無くて救いだった。
そして父。幾つの頃だったか年明け早々に「正月や冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」と話していたのも思い出す。一年、一年に加速が付いてきだしたせいかそこいらへんが「なるほど」と実感してしまう。<そんな歳>になること、なれることを 南京玉すだれの赤い衣装を着て祝ってもらおうと心にもないことを思う。
「あっ、さて、あっ、さて。さては南京玉すだれ〜」
| 【ペンネーム・のそーり亀】 60間近。人形劇や、笑いを求めた狂言あそびやコント劇 歌あり、踊りもあり。 できることは今のうち。喜んでいただける所(幼稚園、保育園・所、シルバーサロンなど)から お声が掛かればお届けを。主婦、人形劇、笑い、3足ほど履いてます。 <人形劇場かにこぞう 滋賀県人形劇連絡会・代表 わらい袋・所属> |
